2011年1月24日月曜日

横川-可部 草創期のバス物語



   クラシックカーに 馬車の車体 を載せたような姿。

   明治38年2月5日・・・

   今日は 広島市内 の 横川-可部 間 に運行を開始した
   草創期のバス物語! 

   その当時の 乗合車両 といえば 言うまでもなく 馬車
   当時から 往来の激しかった 横川-可部 間でも 多数の事業者が
   覇を争っていたようです。

   今だ・・・ 自家用車 さえ珍しい時代に 乗合自動車 を運行しようという試みは
   大きな資本ではなく 今で言う ベンチャー事業者 によって開始されました。

   しかしながら 考えてみれば・・・

   当時の路面は、当然ながら 未舗装。 現在の 最新型のバス を持ってしても
   時折、現れる 工事中の未舗装道路 なんかに入ると
   驚くほどに、乗り心地が悪く感じられるというのに

   このバス 車体に対してタイヤが細すぎはしないだろうか・・・ と思えませんか?

   どうも・・・ 大型のタイヤが確保できなかったようです。
   当時の日本の 自動車事情 を考えると 無理からぬ事だったのでしょうね。

   ( 12人が乗れたとの事ですが  このことは・・・ 日本における 大型自動車 の走り と
    考えて再評価しても良さそうです。 )

   やむを得ず・・・細いタイヤを履かせる事になったのですが
   
   これが致命的な弱点となり 車両故障が頻発。
   加えて・・・ 馬車事業者 からの嫌がらせなどもあったりなどで
   資金不足から、わずか9ヶ月で事業停止に追い込まれてしまい
   日本最初・・・とも言える バス事業 はあっけない最後を迎えてしまいました。


   以前・・・ 1903年に事業を行った 京都 と 日本最初の座 を
   争ったことがありました。 バスの日 は 京都の開業日となった 9月20日 と
   なっています。 京都の6人乗り をバスと見るかは意見の分かれるところです。

   ちなみに・・・ 調べる側の視点 から見れば 1番手争い もさることながら
   2番手、3番手 の試みについて触れておくことも大事。

   これは 以前・・・ つばめ・ミュージアム に関連して調べることとなった。
   鉄道開業では 2番手 となっている 神戸-京都 間 が 新橋-横浜 間 に対し
   僅かの遅れであるにも関わらず 土木工事に於いて
   大きな飛躍を遂げている事 を 知ることになったという教訓。

  
   写真は・・・ その 創業地 横川 で見ることのできる 有志によって復元 された
   草創期ののバス。 完全復元ではありませんが 自走も可能で 時折
   その姿を披露しているようです!


   にほんブログ村 広島ブログ

0 件のコメント: