2014年7月26日土曜日

閉館した交通科学館のユニークな歴史






去る 4月6日・・・



惜しまれつつも、京都鉄道博物館への発展的解消を目指して

大阪の交通科学館が閉館しました。


この博物館、実のところ他の鉄道博物館には無いような

ユニークで、夢のある歴史を有しています。


それは・・・


一旦、この博物館に収められた車両が、

もう一度、本線に繋がる線路に戻されるという珍しい例が多かった。


古くは C53-45号 蒸気機関車。


すでに引退していて鉄道学校の教材となっていた、この機関車を

博物館に収める前に、

もう一度走ることのできる状態にまで復元し、本線を走行して、

この博物館に収蔵。 歴史的価値が認められ

後に梅小路蒸気機関車館の開館に合わせて京都へ移動。



2両目は 一等展望車 マイテ49-2


長く、交通科学館で展示されていた車両ですが、

国鉄の民営化直前になって、急遽 現役へと戻す工事が行われ、

昭和62年3月31日・・・

国鉄最終日の「旅だちJR西日本号」のしんがりを務める姿は

各社の旅立ちJR号のなかで、ひときわ注目を浴びる存在となりました。

現在も、現役の車両としてJR西日本に籍を置いています。



最近だと 義経号でしょう。


そもそも・・・ 今、大宮に居る弁慶号は、義経を連れてきていると

思って運んだのですが・・・ では、義経は!?と、ようやく探し当てて復元しました。

この機関車は、大阪が閉館となるや、すぐに梅小路へと運び出され

現在、復元工事中です。


さて・・・ まだ発表されていない、京都の展示車両はどうなるのでしょうか!?


展示している車両を引き出して、

また、現役車両を展示できるようにするという話も出ているだけに

期待が高まります。 できれば、収蔵車両候補に挙がりそうな

マイテ49などは、いつでも引き出せるようにしておいて欲しいなと。




西がこういう動きを見せるとなると、

いずれの日にか行われることになるであろう、

東の大宮拡張時にも、こういう手法を取り入れそうな気がします。





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