2009年1月3日土曜日

おとりよせ事始め

昨日は姪っ子の遊び相手。


不思議なくらい、おおはしゃぎ。


おじさんはストレッチをさせられて


いるようなもんでしたわぃ…爆睡。




その時に、母がお取り寄せの話を


振ってきた。(前にお取り寄せの


醤油をあげたからかな?)




私は、何年か前「お試し価格…円」


に釣られ、掛川茶を取り寄せた。



しかしウマィ…。何通りか入っていたが


お手頃価格のものが気に入った。


毎日、変わらぬ味っていうのも


大きなポイントとなった。



…以降、注文を重ねている。


ただ飲み量が少なく、1年に


一度くらいの頻度だけど。




お茶で一服が、至福の時…。


う~ん、もう1杯!




(写真はお茶と、ハイドン交響曲集
42番を進行中!)

2009年1月1日木曜日

おだやかな年明け


新年

あけまして

おめでとうございます。

今年は、初日の出を見に 〇

行きました。

寒ぅ。



7時35分頃、島のかげから

顔を覗かせてゆく、お日さま。

お祈り、集まった皆さんも神妙に

家内安全…

いや、世界平和か?

タマゴが先かニワトリが…くらいの違いか?


エネルギー充填。

120パーセント…

ターゲットスコープ…

何て、気の利いたモノは無いから、退散。

何日分貯まったかな。!?

(一気に出すなよ…。)


来館の皆様、今年も、

どうぞ、よろしくお願いします。


つばめ・ミュージアム館長兼カメラマンより。

2008年12月31日水曜日

2008年からの手紙

今年の締めは、何が良いのか
少し悩みました。

蔵出し出来そうな画像もあり

展示物の、その後を追ってみる…
のも面白そうですが、もう少し時間
が経過してからの方がいいようにも
思えます。 それは、またの機会に
しましょう。


それでは、未来への期待を込めて…
2008年の私より、来館者の皆様に。


宮島に化石の博物館があった事が
あります。 利用者が振るわず、
わずか数年での閉館となりました。

閉館が決まった頃になって、私は
一度だけ訪問したことがあります。

「…無くなる前に行っておこう。」と
いうくらいの気持ちでした。

展示を見終えて、それらが貴重なも
のであることは理解できましたし、何より
普段は見る機会が少ないことに気づ
きます。

子供を生みつつある、魚の化石は
感動モノで暫く見とれていました。
生物の営みや輪廻を強く感じます。

最後に館員の方に、ここまでの経緯に
ついて少し伺いました。

ある方が、海外での仕事の方々で
私費で収集していったもので、
話を聞くほど、関係者の無念さが
伝わり、切なくなったのを忘れること
ができません。

大きな、古代木の化石テーブルに
肘をついて未来を考えながら…。


閉館が決まった後、暫く経ってから
コレクションが広島市(県だったか?)
に寄贈されたような記事を目にしました。


もう、そこからも長い時間が過ぎています。

あの化石は、まだ広島にあるのでしょうか。



写真は、その時求めた図鑑。
(その時の、私からの手紙として。)

2008年12月29日月曜日

いいなぁ…。


行こうかな…!


写真がそのまま

案内に。

わぁ…!





ブーメランだぁ。



随分、高くまで

飛ばしたんだね。

すごいよ。



次、僕が

やっていい?


どれくらい

高くまで飛ぶか

競争しようよ ♪



(冬の雲は面白いですね。)

2008年12月26日金曜日

プロローグ

かって、同じ場所を歩いた人がいた。

同じ風景を見た人がいた。


何を考えながら、歩んだだろう。

何を思いながら、行動したのだろう。


時間の軸こそ違っているけど。

場所は全く同じ。

清盛、義経、元就、秀吉、西郷…。

武士だったかも知れない

町民や農民でもあっただろう。

全身を火傷し、あとわずかの
時間を彷徨った親戚かも知れない。


遠い世界の事のように思うけれど
起こったのは、同じ場所。

歴史を学ぶ、歴史を紐解く…。
歴史の道を歩く。

なんて興味深いのだろうか。

2008年12月24日水曜日

IMAGINE

夕暮れの街角を歩いていると

ジョン・レノンのイマジンを聴き
たくなる…。

You may say I'm a dreamer

But I'm not the only one

I hope someday you'll join us

And the world will be as one

いつになっても、歌詞は輝きを
失なわず。

曲は風景に溶け込む。

Imagine no possessions

I wonder if you can

No need for greed or hunger

A brotherhood of man

Imagine all the people

Sharing all the world

決して、希望を失うこと無く。
明日も世界は回り続ける。

Imagine all the people

Living life in peace

違いを認め、お互いを
理解することの重要さ

希望を持ち続ける事の
大切さを訴え続けている。

皆がそう思った時、事実に
なると信じて。

いつか、この曲の続きが
生み出せるだろうか。

2008年12月21日日曜日

まとめ食い。

年の瀬である。

先月、某量販店で酒の安売りをしていたので

どうせ、年末にかけて飲むのだからと、いつも
は買い物の度に、飲む量だけ買っているビール
やらワインやらを大量に仕込んだ。

一度に酒に使った金額としては、最高額である。

何せ、水ものは重い。 

配達してくれるだけでも、助かろうというもの。


…数日後、届いたお酒の量が多すぎて
目立つ場所に置きっぱなしになった。

しかし、これには思わぬ効果があった。

…しょっちゅう目に入るから、見るだけで
満足感があるらしい…のだ。

目立って酒量が減り始めた。

(…っーと、今までが少量づつゆえの飢餓
感があったって事かぁ!)

飲まない日も増え、いいことづくめ。

しかし、これをお菓子でやってはいけない。
ただの、まとめ食いにしかならないからだ。

雨の日だからといって、容赦ない。

小降りだよ、買い物いこ~よぉ~って囁きが
聴こえてくる。

夕食の材料は、揃っているのに…。

2008年12月20日土曜日

いざ、子供達のもとへ…

撮れたてです。

千田車庫を通りがか
った時に見かけたの
で許可をもらい撮影
しました。

もうすぐ、プレゼントを
運んだ電車が出発
します。

後ろでは、サンタさんと
トナカイさんが、お出か
けの準備中でした。
(ホントです。)

今頃、プレゼントを
配っている頃でしょうか。

行けばよかった…って。

偶然見かけた、あの子も…

実は待っていた君も…

Happy Merry
Christmas!!!(^0^)/

2008年12月18日木曜日

650形…クラシックカーの魅力

ウォ~ォ~ン

ごろろん… ごろろん…。

きぃいぃぃ・・・ぷしゅう。

ぽこぽこぽこ・ぽこ・・ぽこ
・・・ぽこ。

かっこも、去ることながら

おとも、いかめしい。

しかも車内は木目で
クラシック感満点。

有名な被爆電車だ。

昭和17年の製造。

原爆の日、わしも怪我
したんじゃが…。
ええ時代よ、わしも朝も
夜もと働いたもんよ。

いつしか、邪魔物扱い
されるようになったか。

廃止じゃ、地下鉄じゃ
言いよったが、広島は
川が多いいいけぇ
地下ぁ掘るんが難しいんよ。

近頃はよぉ、ば。ばりぁ
ふりいとか、環境だって
長生きいぅなぁ、してみる
もんじゃて。


通常は真っ先に紹介される
650形おじいさんだが
現在も元気で走っているのは
僅かに3両。

他の電車に交じって通常
運行されているが
観光で乗る分には出会う
チャンスが少ないかも。

街を歩いていて見かけたら
2、3停留所分でも乗って
しまおう。先の750君もね…。

(写真は朝の皆実町6丁目
電停に佇む653号。)






2008年12月17日水曜日

歩くということ…

私は歩くことが好き。

時々、無性に歩きたくなる。

考えが煮詰まった時、落ち
込んだ時、楽しい時…。

たった何分か歩くだけで
すっきりしてくる、あの気持ち。
何かを思いつくその瞬間。

私は、生来の乗り物好きでもある。

自家用車も持っている。

時々、究極の乗り物は何だ
ろうか?などと考えることが
あるけど。

その基本は「歩く」ことなのだ。


さぁ、散歩に出掛けよう!

2008年12月15日月曜日

タイムマシン

もしもタイムマシンがあったら。

本を読んだあとだったでしょうか。

漫画を見たあとだったか。

宇宙に想いを馳せた日だったか。

どこへ行こうか?何回考えたっけ。

ある日、ある時、とても良い行先を
思いつきました。それはとても良い
考えに思われて、今もそう思い続け
ています。

江戸時代後期か明治時代かの
瀬戸内海を泳ぐ…。

瀬戸内海沿岸は、埋め立てに
よって多くの干潟を失っています。

干潟の生物、それを求めて群泳ぐ
小魚…。

想像するだけで楽しい、豊かな
海が拡がっていることでしょう。

遠い昔の人とともに、消えた記憶
があるはず…。

記憶の切れ端を、もう一度繋げ
ないものでしょうか。

そして今でも、タイムマシンを
題材にしたものをよく手に取ります。

本であり、映像であり。

「過去を旅して、未来を俯瞰する。」
自分でも気づいていなかったのですが
私にとってミュージアムとはタイム
マシンだったのです。


(写真は2003年の定点観測。
アートな…5です。年明けからは
視点を変えて続けていこうと思います。)

2008年12月13日土曜日

ドラえもんのポケット

周到に準備してきたらしい人の鞄。
次々、いろいろなものが出てくるさま
を見て。


ドラえもんのポケットみたいだな…。


って例えることありませんか。

あんな、ポケットあったらいいなと
思いながら…ね。


そんな訳で(どんな?)
…いきなり欲しい道具ベスト3。

3位、タケコプター
実用性はともかく、飛びたい夢を叶えて
くれる。

2位、どこでもドア
夢より、実用性重視でいきたいアイテム。
使い方を誤ると、夢を無くしそう。

1位、タイムマシン
ポッケから出てこないから番外なのかも。
ドラえもんの中で一番最初に登場する
アイテム。

番外は「でかチビ光線銃」
これが1番の人も多いかも。

あなたのベスト3はなんですか?
こっそりとでも教えてください。

あるでしょ!~お気に入りのひとつ。






2008年12月11日木曜日

大阪生まれ、今も。

奇跡に近いと思う。

昭和ひとケタ、新しくても
戦後間もなくの生まれの
彼ら。

観光用…ではない。
ローカル線でもない。

広島市の都市交通機関
として今日も市内中心部
を走りまわる。

最新型の電車、他都市
転籍組、新旧様々な顔と
肩を並べて走るさまは
どこか舞台の役者を見る
よう。

かって大阪の都心部を
走ったであろう彼ら…。


乗ると、どこか家に帰った
ような落ち着きと温もりを
感じるのは、私だけでは
ないだろう。

旅行に出かけた時

何か物足らないと感じたら

道の真ん中の電車が
いなかった…。

そう、感じる広島人も
少なくないだろう。

独特の風景を生み出す
舞台装置なんだな…。

無くさなくて良かったんだね。

(夕暮れの御幸橋を渡る
763形。電車だけを切り
取ると、タイムスリップ
したかのよう。)

2008年12月7日日曜日

MAZDA787B


MAZDA787B(説明)

もしも広島市に私の思うようなミュージアムが出来たら
一番目立つところに置くために、ぜひ引っ張ってきたい…。 

そう思い続けているのが、この 「マツダ787B」 です。

つばめ・ミュージアムでも10月25日以来、いつ書くか
考えていたほど、思い入れは深いものがあります。

なぜでしょうか?

1991年にルマン24時間で日本車初の総合優勝を果た
した車であり (2008年においても 唯一です。)しかもそ
れがレシプロでなくロータリーエンジンで果たされたことは
世界の自動車の歴史においても大きな意味を持っています。

それとともに瀬戸内圏の現代重工業のひとつのシンボル
であるとも思えるからです。

きっと館内の人気展示物の一つになることでしょう。

現在はマツダのMミュージアムに展示されていますが、より
多くの人の目に触れる意味は 大きいものがあると思っています。

2008年12月6日土曜日

初雪…

…降りましたね。

昨晩からの冷え込みで
布団の虫になりそうな朝。

それでも、嬉しいんです。

わんこ…ですから…。

昼過ぎまで、断続的に降っ
たようです。

もしも…降り積もろうものなら
固めて、誰かにぶつけたい
衝動に駆られるんです。

それは諦めても庭に雪だるま
は、置かれていると思います。

もしも…玄関を開けて
どさっ~なんて入ってきたら
急いで「かまくら」を作ります。

30年越しの夢ですから…。

わんこ…ですから。

天文が初なら、気象も初でした。

ここで逢いましょう。


月と金星、木星
が仲良く 集って
います。

数年に一度の
光景だそ うです。

ミュージアム初の
天文の 話題となり
初の携帯からの
アップ画像です。

2008年12月3日水曜日

広島一大きなツリーかな?

中区の平和大通りでは、毎年
ひろしまドリミネーションと題して
光のオブジェを見ることができます。

このツリーは、その中のひとつ。

翌朝、同じ道を通ったのですが
ツリーは見あたりません。

それもそのはずで、大きな街路樹
の1本を電飾しているだけで
他の木と離れている訳ではないので
見つけにくい。

完全に枝に沿わせるのではなく
そのまますっと地上に下ろして
いるので、見かけ以上に大きく
見えるのがポイントなんですね。

この記事を書いていて、公式HP
があるのを知りました。

規模は大きくありませんが、その分
気軽に歩きやすいのがいいですね。

2008年11月30日日曜日

全速力で走り去って行く君に…敬意を込めて。

今日、初代新幹線0系が最後の日を迎えました。

計画当時、将来の輸送は高速道路計画で間に合うと
信じられていたため、夢想家集団とまで揶揄された
新幹線の成功は…

もう、鉄道旅客輸送は衰退するだろう…という、当時の
大方の予想を裏切り、各国に高速大量輸送への希望を
抱かせることになりました。

とりわけフランス、ドイツのヤル気に火をつけたようで
現在、欧州の高速鉄道の隆盛は、ご存じの通りです。

今や、経済発展のためのキーワードとして、アジア各国を
始めとして導入、もしくは計画が進められています。

夢の超特急と呼ばれ、人の苦楽とともに44年。

それぞれの人が、ニュースを見ながら一つの時が過ぎるのを
見届けた一日ではなかったでしょうか。


私見を一つ、0系は200㎞の高速運転を目指したとは思えない
ほど、顔つきが優しく、ユーモラスなのに精悍です。
後年ファンを増やした理由のひとつだと思います


赤ちゃんからお年寄りまでスリルなく200㎞で移動できる手段を
提供しながらも、優しい顔で、走り抜けた夢の超特急は究極の
バリアフリーなのではないでしょうか。