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2014年4月24日木曜日

大城郭




土地を訪れ、城跡を巡る・・・



たいていの場合 到達点は天守閣跡で


たいていは山の上。



運動になるな!と思う。



次回の楽しみでも良かったかも!?と思うことも無いではなく


城めぐりは、体力のある時に限る。



津山は 鶴山公園


桜が美しい!!と思っているうちに、


いつの間にか天守台にたどり着く予定だった筈が



なおも階段が続く・・・



立派な縄張りを持つ城だな!



花見に来る!ということが、そもそもの目的だったため

城の事を調べずに、ここまでやって来たけれど

往時は、5層の天守を持つ大城郭だったらしい。


何を目的として、


この地に、これだけの大きな城が必要だったのだろうか!?






あるいは!?





2014年4月17日木曜日

地上30㎝くらいの眺め ~津山城編~




桜が、人々の目を楽しませていた先週の津山城。


今日は、その地上30cmまでをご紹介しましょう!
















2014年4月3日木曜日

駅前の個性  ・・・ある構想について思う。




あっ!・・・と思った一枚の絵。



福山駅より北側(後方)は現在の姿。


一度は壊された景観の駅前部分を復元して

駅の前後の一体感を持たせようというアイデア。


駅前は機能的であると同時に、来訪者にとっては

街の第一印象となる場所でありランドマーク的な何かも必要!

・・・と思う私は、こんな案の大賛成派で!



ランドマークというと・・・


高層ビルやショッピングセンターを思う向きもあるかも知れないのですが


観光客として街を訪れる時・・・


駅を降りて、すぐ目の前に オフィスビルやデパートが林立しているような駅は

大都市感には溢れていても、

ホスピタリティといったものは感じにくいもの。


もうひとつ・・・


空きビル、閉店されたショッピングセンターとなっている地方都市を

数多く見てきている者として

むしろ こういったゆとり施設こそ 永続性がある

これからの時代の 街の玄関ではないだろうか?とも感じます。


東京駅赤レンガ駅舎のような、特殊な例もあるのですが、

こういった施設は、むしろ地方都市において

ひと目で その街の個性!を表現する手段になるのではないでしょうか?




2014年1月22日水曜日

広島城は名城か!?




広島城は名城なのでしょうか!?



かの 豊臣秀吉 が


朝鮮出兵のために九州に向かう際に、広島に立ち寄った際・・・


実際に、自らの目で眺めながら


さすが! 毛利氏に相応しい!!と褒めたとされているのですが


一方で・・・


水攻めにあったら ひとたまりもない と語った・・・とされる説もあるんです。



巧みな水攻めの戦で戦果を上げたことのある、秀吉だけに


弱いと語ったとされる説にも、真実味が感じられない訳ではないのですが



実際のところは、どうなのでしょうか!?



広島城攻略のために、攻め込んだとします・・・



街に火を放って後・・・


( 守る側を心理的に追い詰めるための、当時の常套手段です。)



川を渡って、本丸に攻めこもうとした場合


広島城の場合、中洲が大きいために 大勢の兵の囲い込みが行いやすく


長い期間に渡って、戦力を維持することが可能でしょう。



牛田付近の山を崩して、太田川を氾濫させる・・・という方法もありますが


当時の土木技術で・・・


たとえ 今の技術もってしても、相当の労力が必要となるでしょう。



海から攻めこむ・・・としても


水軍を傘下に収めていた、毛利勢に対抗するのは難しく


その何倍かの兵力が必要になったものと思われます。


( 通常・・・上陸作戦は 守る側に対して3倍の戦力が必要とされます。 )



裏切りなど、内輪から崩された場合が一番危険ですが・・・


これは 広島城に限った話ではなく

だからこそ、元就は、自ら 亡き後を心配して 家中の結束を訴えたのでしょう。 




攻撃に対し、攻めにくい城であったかどうかは


広島城を前にしての攻防戦が行われたことが無いだけに


今となっては、知る由もありません。



これは、広島城に限った話ではなく

天下の名城とされている 姫路城 も、一度も戦火を交えることなく

軍事的な役割を終えたために

構造上はともかくとして、実際に戦闘となったら!?といえば?なのです。


しかしながら・・・


広島城は・・・


それまで 山 や 石山 で築かれていた 城 を 平地に移すことで

都市の発展に重きを置き、後の広島市周辺の発展の基礎を築いたこと。


姫路城は・・・


後の世に 日本のお城の 城郭建築の象徴として


また、第二次世界大戦による姫路空襲時には

奇跡的に焼け残ることで、市民に大いに希望を与えた・・・という点において


やはり 名城 と言えるのでしょう。


・・・と同時に、その建築物が 実際に、何に役に立つのか

時が過ぎてみないと分からない もの・・・と思わされます。




2014年1月21日火曜日

もしも 広島城が原爆で倒壊しなかったのならば・・・




こうやって あらためて見上げてみると 美しいなぁ~!!


城郭建築ってのは


日本建築美のひとつの頂点ですね!



今となっては・・・



偲ぶよすがすらありませんが・・・


かっての広島城は、日本屈指の大城郭を誇っていたのですよ!



それらの建物は明治に入って


ことくごとく破却されてしましましたが



原爆によって倒壊するまで残されていた天守閣は


毛利時代の創建当初のものであったとされていて



もしも 今も現存していたなら・・・



豊臣時代の城郭建築として、また 初期の完全な平城として


大変貴重な建造物であっただろうに・・・と惜しまれてなりません。





2014年1月19日日曜日

滋賀の名残は広島で・・・




吉田の 清神社 に 初詣に訪れた私が・・・



次に やって来たのが 久々の 広島城。



ん・・・!?



名残の初詣期間中かしらん?



いつもより人が多い感じだなぁ



しかも・・・ 遠くから


何やら 勇ましい系の音楽も聴こえていますね・・・







安芸ひろしま武将隊!


ほぉぉ~ まぁねぇ~~


最近、こういうキャラクターショーって増えたし、けっこう人気があるよなぁ~



ん・・・!?






おっ!! その姿・・・






彦根城に行った時でさえ 見ることの無かった・・・



生ひこにゃん



お~~


まさか こんなところで初対面しようとは思いもしませんでしたな~!




2013年7月30日火曜日

ついにやって来た~! なぜか今回やって来た~♪




ついに・・・ やって来た~~!!!



というか・・・




なぜだか・・・ 今回 やって来ることが出来た~~!




さっすが! ミステリーツアー。。。


こんなコースを隠していたのか~(笑)




沖縄がひとつの、独立した王朝を抱く文化圏であったことの象徴!



首里城




たぶんね~



単純に建物を見ただけなら



ご来館の 沖縄フリークさん方々よりも早いと思いますよ~




建設中に、城壁の周囲を歩いたことがありますからね~!



ま・・・ それが唯一の自慢! (苦笑)





2013年3月18日月曜日

こんな時には縮景園が効く・・・かも!?



なかなか時間が取れないけれど

どこかで ゆったりと落ち着いた気分にはなれないものなぁ~~



そんな、ちょっと忙しめの方の

 お手軽 ヒーリングスポットとしてオ・ス・ス・メなのが・・・



縮 景 園



武家茶人 上田 宗箇 が作庭した 広島城の庭園だけに


場所は 広島市の中心部と お出かけには便利!



しばし散策を楽しみながら、椅子に腰掛け


庭園を眺めていると聞こえる、鳥のさえずり・・・・・


庭の花



今日は、梅に桃に桜



桃 の写真をご覧に入れましょう!!





そういえば、この時期 花屋を覗くと


桃の生花が売られていたりもしますね~!


季節感を味わうにはもってこいです!




縮景園は、観光地としての知名度はイマイチかも。。。


それだけに、落ち着いて

ゆったりとした時間を過ごすことも出来る!



・・・というのは、この園の 隠された魅力のひとつですね!




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2013年1月7日月曜日

原点の復元



こちらも、広島の戦後を物語る一枚ですね!


復元工事中の広島城


もし・・・ 原爆で倒壊していなければ

築城当初から現存する、豊臣時代の城郭として貴重な存在であった筈で

あるいは・・・

今の姫路城と双璧を成していたかも!?


今の広島城は

昭和33年に開催された、広島復興大博覧会の会場として、

鉄筋コンクリートで復元されたもの。


当時は、木造で復元した方が安上がりだったのに・・・とは、

広島城四百年 (第一法規 刊)に掲載されている、復元担当者の言葉。


実は・・・


戦後の広島城復元は、これが初めてではなく

昭和26年に、広島県で開催された 第6回国民体育大会の協賛行事として、

広島城跡で、体育文化博覧会が開かれ

そのシンボルとして復元された天守閣があったとのこと


丸太を骨格に、壁にはよしずとしっくいを塗っただけという

簡素な造りであったものの、このシンボルが

後の、天守閣再建へ向けての機運を盛り上げるきっかけになったようですね!


いつも・・・


国道54号線から、北に向かつて車や自転車を走らせる時

一度、城郭を迂回させららるようにして走らされるようになるため、

その、存在の大きさを、感じされられることがあります。


けっこう、ここで渋滞するんですよねぇ。。


無かったらなぁ・・・ って、本当にそうであったならば

素っ気なく感じるでしょうねぇ~


この街は、広島城の建設と共に始まったんですものねぇ~

やはり、広島市は、いつの時代になっても

毛利氏、広島城の城下町であり続けるんでしょう!!



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2012年8月15日水曜日

和歌山城



私のなかで これまで・・・


47都道府県のうち、宿泊、観光、通過のいずれも、した事が無いのでは!?
・・・との、疑問符がついていたのが 和歌山 でした。

( 幼児期に、伊勢に連れて行って貰っているので、一応巡っているのかも!? )


今回は、高野山、和歌山電鐵と巡り・・・

初めての、思い出に残る和歌山旅となっています!


折角、ここまで来たのですから、足早にはなるのですが・・・ もう一箇所。

和歌山城を巡ってみることにしましょう!




和歌山城 ・・・といえば、徳川御三家の一つ

紀州徳川家の居城として全国的に有名ですが・・・


広島の方であれば

それ以前・・・ 関ヶ原合戦の軍功により、入城。
後に、広島城藩主となった浅野家の居城としても、
馴染みが感じられるお城かも知れませんね!


2012年5月1日火曜日

赤穂へ!



備前焼の町・・・


伊部は、岡山県のなかでも東も東。

兵庫県までは、あと少しといったところ。


今回の旅は・・・ もしかしたら雨が続くかも!? と

行き先も控えめに設定していましたが・・・


いざ、出発してみると・・・

一日目は、何とか天気が持ちそうな気配です!


そんな訳で、

急遽 追加した行き先は兵庫県赤穂市!!


ラベルも・・・ 「神社・お寺」がありますから、
「お城」も追加しておきましょう!


2012年3月30日金曜日

もう少し足を延ばしてみよう!



備前焼の里・・・


伊部の地図を眺めていると、

そこは、岡山県も東・・・ もう、兵庫県もすぐ近く。


今回の旅  天気は2日とも雨の予報でしたが。


旅立ちから、まずまずの天気に恵まれながらのスタートになり、


もう少し、足を延ばしてみるかぁ~! と

まずは 兵庫県、赤穂市へと向かうことに。


そんな訳で、今回の旅には・・・


先の、明石に次ぐ、兵庫県シリーズが加わりました!


ラベルも・・・

「神社・お寺」があるのですから、今回「お城のある風景」を
新たに加えています!