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2014年3月22日土曜日

スバル360のサンバ♪




スバル360






日本の自動車の歴史上



エポックメイキング的な一台であるとともに・・・




これまで登場した車のなかでも



特に優れたデザインを持つ車ではないでしょうか!?







前から見た時・・・


笑っているように見える車って好きです♪




あ~か あ~お きい~ろ~ の~衣装を~つけた~~♪




・・・ あだ名は てんとう虫  ほんと よく似合いますね!!




スバル360 って・・・



前にも展示として出てきたことがあったと思いますが・・・



今回は特に嬉しい事が!!






乗れた~!!



一度、運転席に乗ってみたかったんですよね~~!!!



狭い~~



でも・・・ このシートに座った瞬間に気付かされた事



私達は いつの間にか贅沢に慣れてしまっているんだな~



この車が庶民にとっては高嶺の花であった時代があって


羨望の眼差しを持って見ていた時代は そんなに昔のことでも無いんだよなぁ。



何か ウロコを落とされたような気がした



運転席の座り心地でした・・・





2013年11月10日日曜日

東京中央郵便局





東京駅の丸の内駅舎のとなりにあるのが



東京中央郵便局



郵便局の民営化後、この地も再開発されて


JPタワー KITTE なんて名称になりましたが


モダニズム建築の特徴的な外観は残され

元より 私は、昭和の住民なので、引き続き 東京中央郵便局 の名前で

親しみたいと思っていたりします!


ここ 東京中央郵便局に限らず、日本の主要駅の隣に大型郵便局が

あるのは決して偶然ではなくって

かって・・・ 大都市駅の隣のある郵便局から、

郵便物が 郵便列車に積まれ、全国へと配達されていた時代の名残なんですね!



広島でも・・・


広島駅の隣の 広島東郵便局 は、今の 広島中央郵便局が出来る前までは

広島中央郵便局と呼ばれていて、ここから郵便列車に積み替えられていました。


話は戻って・・・


かって、東京中央郵便局 は


切手収集を趣味にする人にとっては、一度は訪れたい場所だったハズ!!


なぜならば・・・


今となっては、全国の主要郵便局の置かれるようになった

過去に発売された記念切手が売られている

記念切手専門コーナが、唯一 設置されていた場所だったのですね!


今でも、品揃えは全国一なのだとか!



私も、唯一だった時代に訪れたことがあるのですが・・・

何にせよ、学生時代のこと お土産代もままなら無い頃のことで

眺めるだけで去る羽目になった切ない思い出があります。。


まさか・・・


後に 地域限定切手 や 地域限定の記念切手 まで含めて

百花繚乱の時代が来ようとは・・・思いもしない頃のことでした。



あの頃よりも 収集する人は減ったのかも知れませんが


送り先に 気の利いた切手で送りたい!

ご当地切手で送りたい!


・・・という 記念切手のオフィスで需要はむしろ高まっているように思います。




2013年10月30日水曜日

特務艦「宗谷」の昭和史




久しぶりに・・・ 一冊の本を読みきりました!



特務艦「宗谷」の昭和史



敗戦の傷の癒えない、昭和30年代に 初代南極観測船として活躍!

あの・・・ タロー、ジローとの再会のエピソードとともに

日本人の心に残るフネ「宗谷」



しかし・・・ その「宗谷」が

誕生から引退まで、どのような活躍をしていたのかを、知る人は少ないでしょう。



当初は ロシアの注文で建造を開始した、この船は

紆余曲折を経て 昭和13年 日本の 耐氷貨物船 地領丸 として竣工。


後に、日本海軍の特務艦「宗谷」 に名前を変え

船体も、軍艦と同じ濃いグレーに塗りかえられて戦地を往復

何度も戦地で死線を切り抜け

戦後は、引き揚げ船として、外地からの帰還者の輸送に従事しました。



その後は、海上保安庁へと転籍 白い船体に、青の煙突

戦後らしい 爽やかな塗装へと変更

各地の灯台に物資を届ける、灯台補給船として活躍しているなかで



同船の持つ、耐氷構造から、南極観測船への改造候補に入り

砕氷能力を強化、科学観測船としての大改造を受け



アラートオレンジと装いも新たに、国民の注目を浴るなか

東京の晴海埠頭から、最初の南極観測船として出航したのでした。

宗谷は、第六次までの南極観測船として従事した後



昭和37年・・・ 再び白地に青煙突の海上保安庁カラーに変更され

その砕氷構造を生かして巡視船として活躍!

漁民から「北洋の守り神」と呼ばれるほどに信頼を受けていました。



耐氷貨物船という地味な船種で

時代のうねりに翻弄されながらも 稀にみる強運で歩み続けた その航跡は

戦中、戦後の昭和史の写し鏡のようですね。



宗谷は昭和53年に解役されましたが、保存を望む声は各地に根強く

引退後は、東京のお台場で公開展示されています。


私も、宗谷を見に出掛けたことがありますが


こんな船で南極観測に出掛けたのか!?と思うほどに小柄な船でしたが

小さな体に、多くの思い出が載せられているからでしょうか!?

不思議なくらい、威風堂々として見えるんですよね!





2013年8月18日日曜日

東海道新幹線開通時刻表を開いてみよう!





今日あたりの・・・



つばめ・ミュージアム は 新幹線 や バス あるいはドライブの休憩中と


乗り物の中で 来館していま~す!



・・・なんて方も、いらっしられるかも知れませんね!





昨日の・・・  1964(昭和39)年10月ダイヤ改正 時刻表


今回 せっかく引っ張り出したのですから


皆さんと共に、開いてみましょう!




翼 の な い ジ ェ ッ ト 機




・・・と、東海道新幹線の開通を



企業広告を含め 写真ページ16ページを使って紹介!


当時の高揚感のほどが、伝わってきます!!



ちなみに・・・



この写真の電車は・・・ 開通前に試作された、試験用車両!

開通前の撮影であるとはいえ、営業車両の写真も採用可能だった筈で

あえて 試作車の写真を選んだものなのでしょうね!
 





なんとも・・・ ささやかな当時の新幹線ページ



これで全部!!



見開きだけで済んでいたのですね~!


九州新幹線の全線開通時の時刻表と比べても、遠く及びません。






いよいよ世界一登場 夢の超特急のすべて


 ここから スーパーエクスプレス の歴史が始まったのですね! 



わ! 第一銀行だって・・・


この頃の銀行名ってシンプル~~!




さて・・・ 帰宅や 旅の途中の方に・・・



どうぞ ご安全な旅を!!





2013年3月1日金曜日

・・・とある、設計図



線の一本、一本


一文字、一文字について、精根込めて描いていっている様子が


瞼に浮かぶような気さえしてきます。



よくぞ、残しておいてくれたものだなぁ~!



時が、時ならば・・・ 保存している事が見つかれば

相当の処分が課せられたに違いなく


人知れず、保管しておくには それなりの覚悟が必要だったことでしょう。


後に・・・


それらを保存、公開するための施設が作られ

今、こうして 私達が 目したり、写真に収めたりすることができる・・・


あれも、これも


平和な世の中だからこそ、可能な事なんだなぁ・・・・


平和って良い物だなぁ!!



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2013年2月18日月曜日

そして再び・・・




岡山は 矢掛 (やかげ)にある バスの営業所・・・


これが なかなか味のある建物でして


私なんかだと  模型にしたら良い感じなんだがなぁ~! なんて思ってしまいます。



それにしても・・・ この建物


バスの営業所であるにも関わらず、よく見ると 矢掛駅 なんて

看板が掲げてあります。


な~んか バスの営業所というよりも、鉄道のローカル駅といった風情!?



そう・・・


実は、この建物は、昔 走っていた軽便鉄道、

井笠鉄道 矢掛駅 の駅舎をバスの営業所として、使用しているもの。



私達は、写真右手がホーム・・・と勘違いしながら眺めていましたが・・・

古い写真を見ると頭端駅

( 阪急の梅田駅や 広電 宮島線 宮島口駅のような

私鉄の始終点駅に多くみられる 車止めのある駅 )  となっており

当時は、左側に向かって線路が延びていたようですね。



この軽便鉄道の、全線の廃止は 昭和46年4月1日ですから

廃止からは もう、随分と時間が流れているのですが・・・


よほど地元の方から 愛着を持って感じられていたのか

このような、鉄道の名残が 今も各所に残されています。


そして・・・


一度は、鉄道を手放してしまったことが、よほど悔やまれたものなのか

矢掛は 第3セクター 井原鉄道 として

再び鉄道が通う土地とり、今に至っています。




※ 2013年10月23年 一部修正しました。




2013年2月17日日曜日

後を照らした探照灯




戦艦 大和 の、数少ない 現存部品のひとつ・・・



探照灯の反射鏡



予備品として残存していたもので、

戦後 太陽炉の研究用として使用されていたもの。



鏡の直径は1.5m

条件にもよりますが、1万~1万2千m先までを照射可能。

艦載サーチライトとしては世界最大となるもの。

設計当初 夜間戦闘を重視していた、戦艦 大和 には、

この探照灯が、煙突の周囲に8基装備されていました。






同時期の アメリカの戦艦と比べて、レーダー技術で劣っていたとされる


戦艦 大和 ですが


このような 光学技術には、特筆すべきものがあり


後に、世界に鳴り響いていくこととなる

日本製カメラの開発、販売の成功へと繋がっていくこととなりました。



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2012年11月10日土曜日

この、思い出深き一杯





なんだ、今日の博物館は!?


コーヒーの写真とは、そんなに日々のネタに困ってんのかい・・・



しかも・・・


どちらかというと EAST WING のネタになるんじゃないのかい?



そう、思う方も、いらっしゃるかも??






実は 以前から、気になりながら


一度も入った事が無かったこのお店。




先日・・・ 新聞で見かけて


アッ、そうだった。。 と

急ぎ、時間を見つけて出掛けた時のもの。



今度、新本館を使って、記録に留めておこう、と思っている・・・ といえば、

何となく、どこだか 分かる方もいらっしゃるのではないでしょうか!?



最初で、最後となりそうな、思い出深き一杯は

ピーナッツとともに・・・・・


 
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2012年11月5日月曜日

これが・・・ そうなのかい!?




うわ~ これが、そうなのかい!?



こんな感じで、存在するものなのかぁ~~




宇部の海岸にて撮影



写真に見える黒い塊は

かって・・・黒ダイヤとも呼ばれた



石炭です



石炭というのは、

成り立ちかれみれば、古代の植物化石とも言えるものですから



なるほどなぁ 山口に、化石が多数産する訳だよなぁ~


なんて、ひと目で納得できてしまいます。







その宇部炭田は、海底に向かって伸びていました。


海岸近くに、そそり立つのは、かっての炭田の排気口あと。



この付近では、



かって大規模な落盤事故があり、

183名の人が犠牲者を出しながら、

その後の 救出そのものが不可能となってしまい、そのまま閉鎖。


今も、そのままとなっているのだとか。



ねぇ・・・ どうして、あんなに人が死んだの?


石炭を掘るのに、事故はつきものなんよ。



私の記憶にも残る、1970年台に入ってからも

大規模な落盤事故は、北海道や福岡で相次いで起こっており、

ニュースを見ながら

祖父に、そんな質問をした頃の事を、ふっと思い出しています。



この先の海底に、石炭層があるものなんだなぁ




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2012年4月14日土曜日

消え去りつつある風景だけど・・・



私の祖母は・・・


もう、ずっと以前の事ですが、呉服店を営んでいました。


・・・その頃、というと


まだ、街ゆく人の中に、着物姿の方を見かける時代ですから、

まちの服屋さん って感じで・・・

高価な着物なんかよりも、
下着や靴下、ストッキングといった日常衣料の方が、よく売れていたのだとか。

今のような、大型店なんて、あまり無かった時代ですから、
少なからず、そういう需要もあったのですね。


私も、まだ幼くって・・・


店で 祖母といる時間には、反物を引っ張りだしておもちゃにしようとしたりして、
何度か叱られた 懐かしい思い出があります。


常連さんや、隣近所で、お店をやっている方々が、
何かと遊んでくれたりしたもので、
あまり、退屈した・・・といった覚えが無かったなぁ。


あるとき、祖母に・・・


ねぇ・・・ いつも来るおばちゃん・・・ 話の方が多いね。 なんて
尋ねたことがあります。

あまり、店のレジスターが動く姿を見かけることが無く、
子供心にも、心配だったのですね。


そんな事は無いよ、何かと注文してくれる方なんよ!
この間もね・・・


これは、ある程度、後に気づいたことでしたが

そういえば、その方々は・・・ 話ついでのようにして、
よく、反物を、眺めて帰られていたなぁ。


こんにちは! と入って来て、

ほいじゃぁ、また! なんて言いながら帰られていた常連さん・・・


下着を買い求めに来て・・・ あぁ、ここに店があって助かったわ ありがとう! と
安堵して帰っていく作業員風情の人・・・


こんにちは!・・と入ってきて、ありがとう!・・・と帰っていく人、多かったな。


そういえば、あの頃は

私も、 こんにちは!・・・と入っていく近所の店が多かった。

そのお店の、おじさんとおばさんを、よく知ってて、
時々、娘さんが手伝ってて・・・みたいな。


そして・・・ 今


コンビニやスーパーのレジに並んでいて、
ありがとうございます! と店の人、何も言わず立ち去るお客。

世の中を賑わす、奇っ怪な事件の縮図が、
こんな、日常の風景の中にあるのではないだろうか!?

これで、良かったのだろうか?・・・と、思いながら
まだ、幼かった日を思い出すことがあります。


写真はイメージですが、こんな店・・・ 近所にもありました。


2012年3月16日金曜日

長距離バスの思い出


昨年末の、東北旅行では・・・

往復で夜行バスを利用しました。


当初は・・・ 直行便の飛行機を利用するつもりでしたから・・・

これは、強行軍だな~と思ったのですが、


最近は道路も、バスもシートも・・・

私が利用した WILLER EXPRESS のバスは、

待合室も、梅田、新宿と立派なものが設けられいて、

朝、スッキリとした気持ちで降り立つことができました!


思い起こせば・・・ 私の祖父、祖母は団体旅行が好きで、

子供の頃は、よく一緒させて貰ったものなのですが・・・


その頃はというと・・・ 高速道路も、部分的な開通、

一時、順調に走った後は、国道、県道をひた走る、時間がかかる旅でした。


旅館も・・・ 夕方には到着の予定が、渋滞にかかって

夜の8時、9時になることもしばしば・・・


こうなってくると・・・ トイレ休憩も臨時に設定する必要がありますから、

遅れは、増してくるばかり・・・。


今の休憩時間中に、宿と連絡を取りました・・・ ( もちろん公衆電話など。 )

宿に入ったら、すぐにお食事ということになりますので・・・


大人数ですから、待ち受ける側となる、宿の仲居さんも大変でしたでしょうね!


乗ったら最後・・・


2日後に さよなら!を言うまで、

ずっと、沿線ガイド、ご当地民謡を歌って、お土産付きクイズを続けた、

職人肌のガイドさんに出会った事があったのも、よい思い出です!


その時の添乗員さんが、


今回・・・ 19名様がご参加ということで、

私、福山営業所から応援で呼ばれたんですが・・・ 良いのでしょうかね、広島支店は!?

赤字の旅行を催行して、私なんか呼んできて?


まぁ・・・ 半分冗談としても、良い時代だったのですね!!


小型観光バスに、運転手2名、ガイド1名、添乗員1名・・・ 参加者19人。

この時は、家族総出だったので・・・ 5人が、うちの家族。

別れ際が、しんみりしたほど、和気あいあいとした旅の思い出です!


写真は、JR中国バスの 広島-高松線

た・か・ま・つ??? 豪華なバスを使うのですね!


2012年1月3日火曜日

福寿会館



昨年12月10日・・・

翌日、倉敷に出掛ける前の日の新聞を見ていましたら・・・

福山市にある福寿会館を登録有形文化財にするため、
文化審議会が中川文部科学相に答申。
今回の答申では中国地方では唯一となった・・・ との記事が出ていて、


ちょうど良い機会!・・・と帰りに立ち寄ってみることにしました。


事前に福寿会館に電話してみると・・・

11日、日曜日は貸会場として使われていますので
中はご覧にはなれませんが、庭であれば可能です・・・とのこと。

会場として使用されない日であれば、中の見学も可能とのこと。


福山駅からは、歩いて10分くらいでしょうか!?

福山城の一角にあります。


その福寿会館は・・・

昭和の始め頃から 地元の海産物商が別邸としてとして建てていったもので、
本館や茶室を含め6棟の建物からなっています。




戦後は、福山市の所有となり、
現在に至るまで、貸会場ほか、さまざまな目的に使われているようです。


この日は!?

どうやら・・・ お茶会会場として使われているようですね!



写真奥の洋館は・・・

今回の本館、西茶室、南茶室、西蔵、東蔵の5棟に先立って
1997(平成9)年に指定を受けていて、
今回、全ての建物が登録有形文化財に指定されることになりました!


2011年12月12日月曜日

旅する風景!



この日曜日は・・・


列車に乗ってお出かけしてきました!


改札口で案内板を眺める・・・の図。


旅のなかでも・・・ 一番ワクワクする場面だったりします!


もみじ饅頭のやまだ屋さんだったり、

ふく三昧の旅のご案内・・・だったりと、


今・・・ ご覧になられている皆さんの中でも・・・

遠方の方だと、特に旅心をくすぐられる絵ではないでしょうか!?



広島を出る時は真っ暗でしたが・・・

日が昇り

むむ、天気がイマイチかな・・・!?

( 実際には、まずまずの天気でした! )



車窓から・・・

因島大橋付近だけが日に照らされてるという、
ちょっと幻想的な光景が眺められることに。

( まさか、行き帰りで同じような光景を眺められるとは思っていませんでしたが・・・ )




倉敷駅で下車・・・


今や絶滅危惧種となった湘南色の電車がいました。


様々な風景に馴染みやすい色で


かっての国鉄が採用していた塗装のなかでも
特に優れた塗り分けの一つだったな~と、今更ながらに思います。


湘南色・・・というだけあって

当初は

東京から神奈川、静岡方面に向かう電車に採用されていましたが・・・

今や、その湘南地域を走る普通電車は
ステンレス地肌に帯を巻いただけの車両に置き換わっていて


いざ走り去ってみると・・・

懐古趣味を抜きと考えても
車体全体が塗装されている、こちらの方に魅力を感じます!

( これで、居住性が良ければ言うことはないんですけどね! )