日本海軍を代表する艦船の
大型模型を、次々にモノにしていっただけでなく・・・
製作にあたってのリサーチ、その完成度の高さから
多くの艦船模型モデラーにとっての、目標ともされるような模型を製作する
伝説のモデラーとして知られた・・・
河井 登喜夫 氏
それまでも、次第にスケールアップさせながら
何隻かの「大和」を製作してきていた 河井 氏が
自らの 模型人生の集大成として企画されたのが・・・
1/10 の 戦艦 大和
・・・と、言葉にするのは簡単なのですが
精密に作ろうと思えば
例えば 実物で1mの構造物であれば、
10cmの部品として再現しなければならない世界であり、
部品、一つ一つを製作するだけでも これまでより、正確な考証が必要になってきます。
製作にあたり もうひとつの問題となる
置き場所は
呉市が計画していた博物館に寄贈する計画として、部品の製作に着手・・・
残念なことに 河井 氏 は、その途中で、体調を崩され 逝去。
個人が製作、寄贈する、
全長26m超にもなる 「戦艦 大和」の模型建造計画は、一度は頓挫するかに見えました。
今・・・ 私達が眺めている 1/10の「戦艦 大和」建造計画 は
当初計画から 多くの方に眺めて貰うことを前提に
河井 氏 自らの持てる総力を注ぎ込んで製作 寄贈するという
なんとも 男らしい夢と、心意気から生まれたものだったのですね!
結果として・・・
河井 氏が描いた夢は 夢のままとなってしまいましたが・・・
呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)の「魂」となるものは、
この時には、注ぎ込まれていたのですね!
写真は その 河井 氏が製作されていた 零式艦上戦闘機 の模型
今の 1/10 大和 に搭載されているものです。
この・・・
日本海軍にまつわる 歴史資料の収集、常設公開を行うための施設は
地方自治体である 呉市 と、関係された方々の情熱によって生まれました。
多くの方々にとって、待望久しいものであり、
以降の・・・ 資料の発見、体系的な収蔵 研究 公開には目を見張るものがあります。
写真も、そのひとつ・・・
石坂 浩二 氏が、出演番組にて入手。
戦後まで、海上に浮かんでいた唯一の日本戦艦であり
接収したアメリカ人艦長の遺族より購入。
そのまま大和ミュージアムに寄贈した 戦艦 長門 の 軍艦旗。
このような博物館が無ければ どなたか個人のコレクションとなって
普段から、見られるようなものにはならなかっただろう・・・ 気がします。
※ 河井 登喜夫 氏 の名前を誤っていました、2月8日に修正しています。
文章も加筆しています。
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